「どん底」シアターコクーン

今年に入っていくつか芝居は観ていたものの、あまり感想を書く気にならず、久しぶりにこのカテゴリです。フジロックまでライブもないだろーし、なんか出不精な昨今(笑)。でも「どん底」よかったですよ!




原作はゴーリキー作の有名なロシア文学。といっても私も名前しか知りませんでした。黒澤監督の手で映画化もされているとか。こういう「カチカチの古典」×ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏というのは、たぶん傑作になるはずなので、期待して行きました。


とある木賃宿。貧乏と怠惰の吹きだまり。アル中の役者(山崎一)、自称男爵(三上市朗)、イカサマ師(大森博史)、失業中の錠前屋夫婦(大鷹明良・池谷のぶえ)、男性不信の饅頭売り(犬山イヌコ)、調子のいい帽子屋(マギー)などなど。中でも、泥棒・ベーベル(江口洋介)は、大家(若松武史)の妻・ワシリーサ(荻野目慶子)と不倫中ながら、彼女の妹で純真な心を持つナターシャ(緒川たまき)が気になってたまらない。危うくも変わり映えのない日々に、ある日ルカーという巡礼の老人(段田安則)が宿を求めてやってくる。そして、彼の一言一言が、住人たちを動かしていく。


休憩込みとはいえ、3時間15分なんだけど。で、冒頭10分、まだるっこしい翻訳劇の台詞回しに「まずいかもこれ……」と思ったんだけど。いっや面白かった!とにかく、段田さんが出て来てからの締まり方が素晴らしい。彼は場をひっかきまわすだけまわして、さっさといなくなって、で、大変に悲劇的な結末をもたらしたりもする、天使であり悪魔である役所なのですが、段田さんのお茶目で枯れすぎないモダンな存在感が舞台をささえていました。あれほど声と口跡が美しく嫌味がない舞台俳優さんはいないです、はい。


さて、ベーベルを巡る四角関係はひとつの主軸ですが、それがまったく霞むほどに宿の住人たちの濃さが魅力的だし、そこの演出が素敵です。ひとつ間違うと、ただの「ダメ男たちの自己肯定ナルシズム」に陥るんだけど、そうならないさじ加減が素敵。あぁ舞台のオッサン俳優ってかっこいいな!!!山崎さんとか三上さんとか大鷹さんとか、もともと好きな方々が活躍してるのも嬉しいのですが、今回いちばん印象的だったのは、なんとマギーだった。パンフでケラさんも誉めていましたが、まさかマギーの芝居で感動するとは……悔しいけど(笑)。ジョビジョバ時代、何かしてやろうという意図が鼻につくテクニカル(なだけ)の芝居をしていたひとが、いい感じに枯れて、力を抜いてひょうひょうと演じてる。彼の存在が、木賃宿のどーしよーもないけどでもここ悪くないじゃん、という空気感をつくりだしていたといってもいいです。良かったです。あと、饅頭売りに求婚する警官役の皆川猿時さんが、大人計画のとき以上に効果的で(笑)。大人計画の役者さんは客演で輝く、という法則をまたしても実感しました。


全体、重苦しくしようと思えばいくらでもできるものを、最終的に明るい読後感なのが好き。人生はダラダラと続き、情けなくみっともなく、でも捨てたものではない。そこはケラさんのオリジナルとも共通する読後感です。さいごの「カチューシャ大合唱」は少しあざといかなぁとも思ってしまったけど、このカタルシスは大劇場には必要ですね。生演奏もよかったな!