イントゥ・ザ・ワイルド

スピレを見て、エミール・ハーシュという役者さんに興味を持ったのがひとつ(ああいう映画の主役にしては地味だったので、むしろ気になった)、ポスターがよかったのがふたつ、監督と内容を聞いて興味を持ったのがみっつ。……と、洋画を見ない自分が珍しく前売りを買いました。意外なほど人が入っていた。クチコミで結構人気があるようです。以下ネタバレあり。


優秀な成績で大学を卒業し、裕福な両親の期待をかけられていた青年クリス(エミール・ハーシュ)は、金・持ち物・人間関係いっさいを捨てて、旅をはじめる。文明を捨て、身一つで自分の生を確かめようとする彼の思いは、いつしかアラスカの荒野へ。そして、アラスカに入った彼は、打ち捨てられた古いバスを居としてサバイバル生活を始める。持ってきた最低限の米と小動物を仕留めて食料にし、簡易シャワーをつくり、大自然とそこに生きる動物たちの厳しさに胸打たれながら、夏を迎えるクリス。かけがえのない体験を経て街へ戻ろうとするが……。実話をもとに書かれた原作に惚れこんだショーン・ペンが10年かけて映画化権を取り、完成させたそう。




……と、聞いていたからかもしれないが、これを撮りたい!という監督の意志が痛烈。淡々とていねいに、映画的には間延びするのではないかと思う箇所でも、端折ることなくクリスを追っていく。そこには、ひとりの「実在した青年」への真摯な眼差しがある。大自然に対しても同じ。その壮大さ美しさのみならず、厳しい残酷な一面をも容赦なく徹底的に映像におさめていく。撮ろうとする相手に対しての「敬意と決意」を強く感じたのです。


ただの「自分探しロードムービー」とまとめるには、シビアな話です。クリスは潔癖なまでに過去の自分と境遇(家族)を否定する。彼は2年間の放浪生活の中で、何人もの「友」をつくる。ヒッピーの夫妻、トウモロコシ農場の主人、16歳の少女、退役軍人の老人……誰もが彼のまっすぐさを愛し、彼も彼らになつく。それでも最後はあっさり(と見える)「自分自身の理想」だけを求めて別れていく。そんな、愛嬌はありながら心根の寂しい青年・クリスに、エミール・ハーシュがはまっていた。どんなに身なりが汚れてむさ苦しくなっても、ちゃんとたたずまいに知性と品格(とそれが醸し出す「時分の美」)がある。頭でっかちな青年の危うさと、それを嫌味にさせないキュートな笑顔がある。そして、実在のクリスと同じ過酷な状況を表現しきったタフさ。素晴らしい。来日したとき「なんかちっちゃくてさえないかんじのしゅやく」とか思っちゃってすみません。そういう人がスクリーンで化けるから凄いんだよね。


人間社会を否定し続けた彼が、大自然の厳しさに敗れて力尽きる最期の時に、人間(そして自分の運命)を受け入れる。そのラストシーンは、結末としては辛いものの、静かに気持ちが救われる。そしてラストに映し出される1枚の写真……。あれはヤラレタ。


「面白い」というのとは違うが、終わって何日か、すこしずつかみしめていける映画です。

オリジナル・サウンドトラック“イントゥ・ザ・ワイルド”

オリジナル・サウンドトラック“イントゥ・ザ・ワイルド”